2008年07月25日

「今後一切落書きしません」 近江八幡 江戸期の反省文発見


「今後一切落書きしません」 近江八幡 江戸期の反省文発見2008年7月24日9時19分配信 京都新聞

 西国三十三所の第31番、古刹(こさつ)・長命寺(滋賀県近江八幡市)で、江戸後期の寺に落書きをした巡礼者が記した反省文が見つかり、23日、県教委が新たに県指定文化財に指定した。国内外の名所や文化財に日本人が落書きをして社会問題化しているが、江戸期でも観光寺院が同じ悩みを抱え、対策に腐心していた様子がうかがえる。
 見つかったのは、「楽書誤証文(らくがきあやまりしょうもん)」で、1799(寛政11)−1802(享和2)年の6通で、いずれも縦23・7−28・7センチ、横32・9−39・2センチ。
 県教委によると、文書には、巡礼者が「御法度」の落書きを書き始め、見つけた僧侶にしかられ、「恐れ入り」「今後道中では一切落書きしません」と同行者と連名で誓ったことが署名、拇(ぼ)印付きで記される。
 6通は文面はほぼ同じで、「落書きに困った寺側がひな型を作っていた」(県教委)とみられる。
 書き手の住所は、長崎や埼玉、三重など多岐にわたる。当時の民衆には旅行がブームで、行動範囲の広さもうかがえる。

Yahoo!ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080724-00000001-kyt-l25


昔は「楽書」と書いていたのでしょうか。
なんだか楽しそうですね。
でも、落書きをして楽しいのは書いている人だけで、他の人には大きな迷惑となることが多いと思います。


落書きは、軽い記念の気持ちであったり、表現欲の発露の結果なのかも知れませんが、対象物を汚す、傷つける側面があることを思い、
自分の欲求をもっと芸術的(ロマンチック)に満たす方法がほかにないのか考えてみる態度が必要なのでしょう。
(落書きなどをせずに自分の気持ちを満たす)


また昨日、現代の落書きに関するニュースがありました。
「東急電鉄の車両に落書き カラースプレーで英文字描く」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080724-00000915-san-soci
(写真も掲載されています)

厳しいコメントかも知れませんが、
これではニューヨークのきたない地下鉄のイメージになってしまいます。

日本人の美的感覚を誇れるようなアウトプットを、正々堂々とやってほしいです。


ただ単に人を困らせたりするのが目的で、何かを書きたいわけではないのかも知れませんが・・・






このエントリーをはてなブックマークに追加
気になるニュース│